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メドューサ・ファイル6

 黄昏は夜に変移し、夜が新たなる黄昏と移ろいゆくころ、少年は漁に出る。
彼と彼の母を庇護する初老の男と共に。
男はこの島の王の兄でありながら、漁師を生業とする実直で柔和な人物だ。
そして風変りな男でもあった。

 従う事も、従える事も良しとせず、ただ天地の間にたゆたうように生きる男だった。
人間嫌いというわけではない。
男を慕う人々は多い。
男は誰とも対等に付き合った。

 ある日、小舟でこの島に漂着したペルセウス母子を庇護したのも、男にとってはただの成り行きだった。
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メドューサファイル・5

 丘の上を柔らかな風が吹き過ぎてゆく。エーゲ海を渡る風は爽やかで心地よい。微かに潮の香がする。それは、何故か人の心に郷愁を誘う。安らぎと切なさを併せ持つ香りだ。

 ペロポーネソス半島を吹き過ぎた風が、海を渡りセリーポス島に吹いているのかもしれない。
ペルセウスはふと思う。風は何処から来て、何処に行くのであろうか……。
人は何処から来て、何処に行くのであろうか……。
風は何も語らず、ただ吹き過ぎて行く。

 エウリュアレの髪が、風になびく。光を帯びた漆黒の髪が、蒼空にたなびき微かに煌めく。
見るともなく、ペルセウスはそんな姿を眺めている。

この時より以前に時はなく。これより以降に時はない。時の流れが止まるような風景だった。
ひと時は、確かに、永遠に変わる。

 丘の上に立ち、ペルセウスとエウリュアレは、海を眺めている。彼方で、海と空が交わる景色を眺めている。青き海と蒼き空が番って、そこに永遠が生まれる。
二人は、黙って、永遠を見つめていた。

メデューサファイル・4

 少年が瞬きをする間もなく、彼女は薄衣を纏った姿に変わる。
白銀の輝きを持ったその布は、あくまでも薄く、しなやかで彼女に良く似合っているように感じられた。

 「あなたは…誰?」
虹の卵より産まれたばかりの彼女に、彼は問いかける。

 「……っ言うか、お前こそどこの誰だ? レディの名前を訪ねる態度かそれが?」
……ガラの悪いレディである。

 「ぼくは…ペルセウス(ペルシア人)の……」

 「ペルセウスか、良い名前だ」
彼女は無邪気な微笑を浮かべる。

 問いかけるまでもないのだ。 彼女は、少年の本当の名前を知っている。 彼女の本質は波動であり、その本地は根源の混沌である。 言葉を介さず、全てを知る。 それが彼女であった。 もっとも、脱皮を繰り返し、分裂を繰り返した末のひとつである彼女の能力は、全能には程遠いものであるのだが……。

 それでも、彼女は、もちろん知っている。 少年の隠された本当の名前も、隠されねばならないそのわけも……。

 「私は……そうだな……、XXXと呼ばれたこともあるし、XXXではXXXとも呼ばれた。 お前は何と呼びたい?」
面白そうに彼女は問いかける。 我を、名付けよと。

 「……空駆ける女性=エウリュアレ」

 「エウリュアレ。 素敵な名前だな。 今日から、私はエウリュアレと名乗ろう」
彼女は、本当に嬉しそうに笑った。

メデューサファイル・3

 砕け散った虹蛇の卵より、ひとりの女性が生まれた― 。
光輝去りし後、その場に忽然と立ち現れたその女性を、少年はそのように捉えている。

 長き黒髪を風になびかせ、荒涼たる丘に立つ彼女は、碧の瞳で少年を見据えている。その瞳は、蒼碧の宝石の如く、見る角度によって異なった色合いを見せる。深遠なる智と理を秘めた不思議な輝きを有していた。
紛れもなき奇跡と直面している事に驚くよりも、少年はその幻想的な美に心奪われて立ちつくしている。

 彼女は天より光臨せし女神であろうか……?
少年は、そのような事をぼんやりと考えている。

 「裸が珍しいか!?
スケベな子供だな、お前!」

 女神は、口が悪かった…。

 「えっ? いえ、あの…、虹を、真直ぐに立つ虹を見て、で、虹を追いかけて走ってたら、ここで光がぶわ~っと、で卵、虹の卵が割れて、お姉さんが! 凄く綺麗なお姉さんで、きっと女神さまだと思って! で……」

 「ああ、もう良い。お前、あまり利口じゃないな……。学校の成績、悪かろう?体育だけが取り柄というタイプだな。 だが、まあ、『凄く綺麗なお姉さん』という、実に正直な言葉が気に入った♪」
はなのかんばせを綻ばせて、“女神”はころころと笑う。

 「……あの、女神さま……。 出来れば、何か着て貰えませんか?」

 「あん? 今少し美を堪能させていてやっても良いのだぞ。 減るもんじゃなし」

 「ちょっと、目のやり場に困るもので……」

 「遠慮するな♪」

 「……綺麗なお姉さんのハイセンスなファッションが見たいな♪」

 「ふふふ、女心をくすぐる奴だな、お前♪」

 ……妙に息の合う二人であった。

メデューサファイル・2

 虹色に輝く直径一メートル程の光球。
そこから天空に虹が発するようでもあり、天空から降り注ぐ虹がそこに凝縮したようにも見える。

 眩い光でありながら、それは少年の目を焼くことはない。
それは網膜を通して、直接魂を揺すぶるような輝きだった。

 永遠であったろうか。
一瞬であったろうか。

 それを見つめる少年の周りで、風は流れる事を止め、鳥は羽ばたく事もなく静止する。
滴り落ちる汗は一粒の真珠の如く中に止まり、世界は静寂に包まれる。
その時、確かに、少年の周りで世界は静止し、時さえ流れを止めた。

 そして、ゆるやかに世界が時を取りもどす。
虹は輝くことをやめ、虚空に消えてゆく。
再び世界が動き出す。

 光球がひび割れる。
光が拡散する。そして、消えてゆく。
虹蛇の卵は孵化した。

メデューサファイル・1

 蒼空澄みわたり海とつがう。
天と海との境すら定かではなく、まるで永遠がそこに横たわっているかのようだ。

 中天に太陽があり、全てが煌めいている。
風は涼やかな草原の香を運ぶ。鳥は軽やか舞い、遥か空の高みを行く。
生きとし生けるものへの祝福に満ちた時間が、緩やかにたゆたっている。

 全てはあるがままに。
ただ、あるがままにある。それだけで万物は祝福されてある。
されど……。

 青天に虹が立ち昇る。
虹が垂直に太陽と大地を繋ぐ。
夢幻の如き七色の光の柱が屹立する。

 エーゲ海を臨む海辺の街で、ひとりの少年が、この不思議な虹を見上げていた。
好奇心に満ちた少年は、その虹の立ち上る根源に強くひかれた。
そして、少年は走り出す。

 人々で賑わう市場を抜け、緑なすオリーブ畑を越え、なだらかな丘の麓の牧草地を駆け抜ける。
滴る汗を拭おうともせず、飛沫をあげて小川を蹴散らして、街の境を越えてどこまでも虹を目指す。

 たぎり立つ好奇心に胸を焦がし、未知なるものを追い求める。
ただひたすらに、ただひたむきに、少年は走り続ける。未知なるものへの憧憬のみに心満たされて。

 光の屈折による現象であり、実態の無い幻であるはずであった。
届かぬ想いであるはずだった。
しかし、この時、少年は虹の根源にたどり着いた。

 丘の上の荒涼たる岩場の真中から、虹が屹立していた。
その根源たる光の卵から、天空に向かい七色の光が立ち昇っている。
虹蛇の卵がそこにあった。

唯神論・楽園の終りと神々の時代

 蛇=混沌・カオスより万物が生じる。
全一たるが故に、人称を持たぬ蛇はこの時、彼我の認識を得る。
揺籃の内にあるまどろみの楽園は、自他の分離にり完全性を失う。
“我”なる認識が全一を破壊する。
ここに、宇宙が全一であった楽園の時代が終焉を迎える。

 彼我の認識。
それこそが、エデンのリンゴの実である。
これより後、全ての物質と生命の孤独が始まる。

 やがて、混沌・カオスより大地・ガイアが生まれる。
ガイアは愛・エロスと暗黒・エレポスと天・ウラノスと海・ポントスを生む。
やがて、ウラノスは神々の王となる。

 天と地がつがって、十二柱の巨神・ティターンが生まれる。
ガイアはその後、キクロペと呼ばれる巨神を三柱、ヘカトンケイルと呼ばれる巨神を三柱生む。

 しかし、神々は完全性を欠いた蛇の抜け殻より生じたが故に不完全であった。
彼我の認識を持つが故に、全一たる認識を欠く。
ここに全ての悲劇の源がある。

 そして、悲劇の時代が始まる。

唯神論・楽園5

 生命は有限である。
有限であるが故に時間軸上に“現在”のみを所有する。
生命にとって“過去”は記録されたものであるに過ぎず、“未来”を所有しない。
ただ現在のみを知覚・意識し、所有する。

 過去を記憶しないが故に、時間連続体としての認識を有さない。
故に、個体としての変貌を厭わない。
また、未来を所有しないが故に、常に現在に適応しようとする。

 このような理由により、生命は戦略的に進化し、分化してゆくことになる。
所有しない未来に対して、個別化・特殊化した種を産み出すことににより対応する事を、基本戦略として選択する。
古き種は新しき種を生み、滅亡と誕生を繰り返す。

 それは、生と死を繰り返し進化してゆく。
有限なるものは、生と死を繰り返すことにより、螺旋を巡らしてゆく。
有限なるものは、進化し続けることにより、無限の螺旋を登り続けてゆく。

 有限なるものもまた、繰り返す事により無限を獲得する。
死すべきものもまた不死である。
万物にはすべからく螺旋・不死という蛇の本質が宿っている。

 宇宙は大いなる蛇の懐に抱かれている。
宇宙は、覚醒しつつまどろむ蛇の見る夢である。

唯神論・楽園4

不死なる蛇は無限に脱皮を繰り返す。
蛇は螺旋である。生と死を繰り返す螺旋である。
生と死もまた、状態の変化に過ぎず、本質ではない。
蛇は螺旋状に拡散し続け、一方で収縮を続ける永遠である。

 脱皮により脱ぎ捨てられた古き表皮もまた蛇である。
そこに、蛇の本質の全てが備わっている。
しかし、それはまた、蛇の一部であるが故に全一たる資質を欠くものでもある。

 その意味に於いて、古き表皮は不完全な蛇であるとも言える。
不完全であるが故に、それは無限足りえない。
それは、“個”としての同一性を認知し得ない。
その意味に於いて、それは不死の資質を欠くものである。

 古き蛇の表皮より、生命が誕生する。
生命もまた蛇である。
しかし、生命は不完全な蛇であるが故に有限である。
有限である事が生命の宿業であるのは、このような理由による。

唯神論・楽園3

 蛇は拡散する。
意識は宇宙(そら)に偏在する。
宇宙は我であり、我は宇宙である。
蛇は限りなく“有”の領域を押し広げて行く。

 一方で、蛇は収斂する。
虚無の蛇は虚数の宇宙を創り出す。
虚無はさらなる虚無へと収斂し続けて行く。
拡散と収斂により、宇宙は均衡を保つ。

 全一なる蛇は有と無へと分離し、限りなく拡散し収斂し続けて行く。
しかし、有と無の蛇は、分離しながらもなお一である。
“有”の蛇は進化を司り、“無”の蛇は退化を司る。
“有”の蛇は時間軸を前進し続け未来へと向かう。
“無”の蛇は時間軸を後退し続け虚無よりもさらなる過去へと向かう。

 二つの蛇は、創造と破壊を司る。
それでもなお、創造と破壊の蛇は一である。
始まりの蛇と、終末の蛇は一である。
光と闇は一である。
善と悪も表現の裏表に過ぎない。

 蛇=混沌は、白と黒の巴紋である。
白の混沌は黒点を有し、黒の混沌は白点を有する。
混沌は太極である。
太極は互いの尾を喰らいあう蛇である。
絶対矛盾の自己同一こそが、蛇の本質である。

唯神論・楽園2

 蛇は思考する。
思考は波動である。
その波形と波長による思考。
まだ思考とは呼べぬその思考は、“在る”と“無い”に始まる。

 唯一無二の存在である蛇にとって、人称は存在し得なかった。
他者が不在であるが故に、“我”もまた不在である。
ただ蛇という波動があり、そのほかになにも存在しなかった。

 故に、孤独も愛も葛藤も存在しない。
ただ、虚無に在らず。
蛇と言う波動のみが存在する。

 やがて、蛇は無限の空間に散在する波動を集め凝縮することに思い至る。
それは限りなく凝縮されてゆく。
そして、観念上の存在でしかあり得ない“点”にまで収斂されてゆく。

 ここにおいて、蛇は初めての意思を発動する。
その意思は“在れ”であった。

 無限に凝縮された波動が、一気に拡散する。
無限大の質量が生まれ、エネルギーの奔流となり広がってゆく。
光が生まれ、音が生まれ、空間が生まれ、時間が生まれ、質量を持ったものが生まれ、それらはあまねく広がってゆく。

 宇宙が開闢された。

唯神論・楽園

楽園



 エデンは中有に浮かぶ。
楽園は未明に在る。
光は未だ現れない。
故に闇もまだ生まれない。
エデンは光と影が別たれる以前の、黄金の黄昏に
満たされている。
 生まれ出る以前の世界。
生と死は未だ別たれてはいない。
全ては、有と無の中間でたゆたっている。
故に中有という。
 ただ、意識がある。
意思があり、思考がある。
混沌とした精神の萌芽である。
 “混沌”は生と死を内包している。
世は死の尾を咥え、死は生の尾を咥える。
故に“混沌”の姿は巴紋で表される。
 “混沌”は光と闇を内包している。
光は闇の頭を抱き、闇は光の頭を抱く。
故に“混沌”は白と黒の巴紋であり、太極である。
 “混沌”は有と無を内包している。
有は無へ転じ、無は有へと転じる運命力を持つ。
有と無の輪廻に終わりは無い。
故に“混沌”は無限の螺旋である。
 故に“混沌”は、自らの尾を咥えた蛇である。
始まりも終わりも無い蛇である。
それは、永遠である。
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